東京高等裁判所 平成10年(行ケ)29号 判決 1999年5月26日
高松市香西南町455番地の1
原告
アオイ電子株式会社
代表者代表取締役
大西通義
訴訟代理人弁護士
伊原友己
同
弁理士 須藤阿佐子
同
澁谷孝
京都市右京区西院溝崎町21番地
被告
ローム株式会社
代表者代表取締役
佐藤研一郎
訴訟代理人弁護士
村林隆一
同
岩坪哲
同
弁理士 川崎好昭
同
石井暁夫
同
長尾達也
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成8年審判第13793号事件について、平成9年12月17日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、昭和62年7月31日の出願に係る特願昭62-193464号を原出願とする分割出願として、平成3年11月6日に特許出願(以下「本件分割出願」という。)され、平成7年3月22日に出願公告、同年12月20日に設定登録された、名称を「サーマルヘッド」とする特許第2000619号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。
原告は、平成8年8月17日に被告を被請求人として、上記特許につき無効審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成8年審判第13793号事件として審理したうえ、平成9年12月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成10年1月7日、原告に送達された。
2 本件発明の要旨
ヘッド基板の上面に、発熱抵抗体と、該発熱抵抗体に対するコモンリードとを、略平行に延びるように形成したサーマルヘッドにおいて、前記コモンリードを、下層の金による配線パターンと、上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンとの二重構造にし、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘツド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成したことを特徴とするサーマルヘッド。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、<1>本件分割出願が適法な分割出願であるとはいえないので、その出願日が原出願の出願日まで遡及することはないところ、本件発明は、特開昭64-36467号公報に記載された発明であって、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない、<2>本件薬明は、特開昭64-18649号公報に記載された発明であり、特許法29条1項3号に該当し、あるいは同法29条の2の規定により、特許を受けることができない、<3>本件発明は、特開昭64-36467号公報、特開昭64-18649号公報、特開昭57-24273号公報(審決甲第5号証、本訴甲第14号証、以下「引用例1」という。)、実開昭62-38155号公報(審決甲第6号証、本訴甲第15号証、以下「引用例2」という。)、実開昭62-43748号公報(審決甲第7号証、本訴甲第16号証、以下「引用例3」という。)、実開昭62-50950号公報(審決甲第8号証、本訴甲第17号証、以下「引用例4」という。)、実開昭61-183652号公報(審決甲第9号証、本訴甲第18号証、以下「引用例5」という。)、実開昭61-186446号公報(審決甲第10号証、本訴甲第19号証、以下「引用例6」という。)にそれぞれ記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないとする請求人(原告)の主張に対し、(1)本件分割出願は適法な分割出願であり、その出願日が原出願の出願日まで遡及するから、本件発明が原出願の出願後に頒布された刊行物である特開昭64-36467号公報に記載された発明であるとすることはできない、(2)本件発明が、特開昭64-18649号公報に係る出願(原出願の出願の日前の出願であって、その出願後に出願公開された特願昭62-175685号)の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であるとすることはできない、(3)本件発明が、引用例1~6に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本件発明の要旨の認定及び本件発明が特開昭64-18649号公報に係る出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であるとすることはできないとの認定・判断は認める。本件分割出願が適法な分割出願であるとの判断及び本件発明が引用例1~6に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないとした判断は争う。
審決は、分割後の原出願の発明と本件発明とが同一であることを看過して、本件分割出願が適法な分割出願であると誤って判断し(取消事由1)、また、本件発明と引用例1~6に記載された発明との相違点についての判断を怠ったうえ、本件発明の作用効果についての判断を誤って、本件発明が引用例1~6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないと誤って判断した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(分割出願の違法)
(1) 審決は、「本件発明は分割後の原出願の発明を包含するものであり、分割のための要件・・・を満たしていない。」(審決書8頁13~15行)との原告の主張(無効の理由(1)の(C))に対し、「本件発明は、・・・下層を金による配線パターン、上層を銀による配線パターンで構成する場合でも、・・・分割後の原出願の発明と同一でない」(審決書15頁12行~16頁1行)と判断したが、それは誤りである。
(2) すなわち、分割後の原出願の特許請求の範囲は、「ヘッド基板の上面に、発熱抵抗体と、該発熱抵抗体に対するコモンリードとを、略平行に延びるように形成したサーマルヘッドにおいて、前記発熱抵抗体と略平行に延びるコモンリードを、下層の金による配線パターンと、上層の銀による配線パターンとの二層構造にし、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち前記下層の配線パターンが形成されていない領域にずらせて形成し、このずらせた非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくしたことを特徴とするサーマルヘッド。」(甲第4号証1欄1~14行)というものであったところ、本件発明の「前記コモンリードを、下層を金による配線パターンと、上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンとの二重構造にし、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成した」(本件発明の要旨)という構成は、上層の配線パターンの横幅寸法のうち下層の配線パターンと重なっている部分と重なっていない部分との割合に限定がないのであるから、上層を銀による配線パターンで構成した場合において、非重なり部分における横幅寸法を、下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした構成をその態様の一つとするものであり、したがって、分割後の原出願の発明は、本件発明と構成において重複する部分(ダブルパテント領域)があって、本件発明に包含される関係にある。
しかして、権利の一部が重複して設定されることは弊害を伴うので、重複部分を除かない限り、構成の全部が同一である場合と同様に、同一の発明であるとして取り扱われるべきである。
審決は、「分割後の原出願の発明が、『非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした』という構成に限定した点に技術的な意義があるものであるのに対し、本件発明は、かかる構成に限定したものではなく、しかも、その明細書には、かかる技術的な意義について何ら記載されていないのであるから、下層を金による配線パターン、上層を銀による配線パターンで構成する場合でも、『非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした』ものを、唯一の実施例とするものでないばかりでなく、実施例の一つとするものでもないから、分割後の原出願の発明と同一でない」(審決書15頁7行~16頁1行)とする。
しかしながら、上記のとおり、本件発明は、分割後の原出願の発明と構成が同一である態様を含むのであり、その態様においては、分割後の原出願の発明の限定した点と同一の技術的意義をもつものであるから、分割後の原出願の発明がその限定した点に技術的な意義があることが、本件発明と同一でないことの根拠にはならない。
のみならず、本件発明は、上層を銀による配線パターンで構成する場合には、実質上、非重なり部分における横幅寸法が重なり部分における横幅寸法よりも大きい態様においてのみ技術的意義を有するものである。すなわち、金電極と銀電極の境界面で、双方のペーストに含まれるガラス成分の反応などにより絶縁性の領域が形成されることや、金と銀との相互拡散等により、長手方向に沿っての抵抗値がさほど低下しないという現象があるため、非重なり部分における横幅寸法を重なり部分における横幅寸法よりも大きくしないと、本件発明の効果を奏することができないのである。そうすると、本件明細書には、上層を銀による配線パターンで構成する場合には、非重なり部分における横幅寸法が重なり部分における横幅寸法よりも大きいものだけが技術的な意義をもつものとして記載されていると理解されるのであり、したがって、本件明細書にかかる技術的意義につき何ら記載されていないとはいえないのみならず、上層を銀による配線パターンで構成する場合には、実質的に、その態様を唯一の実施例としているとして差し支えないものである。
(3) 被告は、本件発明と分割後の原出願の発明とがその技術思想を異にするものであり、分割後の原出願の発明が「ずらせた非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きく」するとの限定を必要とし、本件発明がこれを不要とするのも、このような技術思想の差異に基づくものであるから、両者は、上記の限定のための構成を必要とするかしないかの点において構成要件が明確に異なるものであり、同一発明ではあり得ないと主張するが、本件発明と分割後の原出願の発明とは、その基本的な技術思想が共通するばかりか、本件発明が限定のための構成を除いたことによる特段の効果を認め得ないことは、被告の主張によっても明らかであるから、被告の上記主張はその前提を欠くものである。
2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)
(1) 審決の引用例1~6の記載事項の認定(審決書22頁5行~27頁10行)及び引用例1~6に「コモンリードを二層構造にすることが記載されているものの、本件発明の必須の構成要件である『上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成したこと』については記載されておらず、これを示唆する記載もない」(同27頁13~19行)との認定は認める。
(2) 審決は、引用例1~6に記載された発明と本件発明との相違点を上記のとおり認定したが、該相違点についての判断をしていないから、それだけでも違法である。
本件発明は、「上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち前記下層の配線パターンが形成されていない領域に形成する」ものであるが、上層の配線パターンと下層の配線パターンとをずらせる程度については何ら規定されておらず、そのずらせる程度がわずかである態様のものを包含しているところ、そのようなわずかな程度のずれは、いわゆる印刷ずれなどによって生じるものであり、そのようなことから当業者において容易に気付く程度のものである。
(3) 審決は、さらに、「本件発明は、上記構成要件を備えることにより、明細書に記載された特有の作用効果を奏するものである」(審決書27頁末行~28頁2行)と判断するが、誤りである。
すなわち、本件発明は、上記のとおり、上層の配線パターンと下層の配線パターンとをずらせる程度については何ら規定されておらず、そのずらせる程度がわずかである態様を含むものである。
しかるところ、被告は、原出願の願書に最初に添付した明細書(甲第3号証)に記載された発明を、平成3年10月30日付手続補正書(甲第9号証)に係る補正によって減縮し、本件分割出願の直前の原出願の明細書に記載された発明(分割後の原出願の発明でもある。)としたが、上記補正に先立って特許庁に提出した平成3年7月10日付早期審査に関する事情説明書(甲第6号証)において、その減縮された発明における、非重なり部分における横幅寸法を、下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくする構成を採用することによる効果に関し、サーマルヘッドにおいて、発熱抵抗体の長手方向に沿って延びるコモンリードを、その長手方向の抵抗値を下げる目的で、下層の金による配線パターンと、上層の銀による配線パターンとの二層構造で構成する場合、単に重ねただけの構成であると、長手方向に沿っての抵抗値が金と銀との相互拡散等によりさほど低下しないという現象が発生し、これを回避するため、上層の銀による配線パターンを厚くすると、印刷、焼付けの回数が増加し、コストが上昇するという問題が生じるところ、これを解決するためには、上記分割後の原出願の発明の構成のように、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域にずらせて形成し、その非重なり部分における横幅寸法を、重なり部分における横幅寸法よりも大きくする構成が必要であって、そのような構成を採用することにより、下層の金による配線パターンに対して上層の銀による配線パターンをその全長にわたって電気的に接続でき、かつ、上層の銀による配線パターンのうち広幅の非重なり部分が、導電性の良い状態、すなわち、長手方向に沿っての抵抗値が低い状態でコモンリードの一部を構成することになり、その結果、上層の銀による配線パターンを厚くすることなく、コモンリード全体における長手方向に沿っての抵抗値を大幅に低減することができ、さらに、上層の銀による配線パターンの幅方向の一部がヘッド基板の表面に直接接触するため、この銀ペーストに含まれるガラス成分と基板表面との結合が強固となって、密着力を向上させることができるので、発熱抵抗体の全長にわたって印字濃度差の少ないサーマルヘッドを、安価に提供できるとともに、用紙との接触による配線パターンの剥がれを防止でき、耐久性が向上するとの効果を奏するものである旨説明している。
そうすると、上層の配線パターンと下層の配線パタンとをずらせる程度がわずかである態様を含む本件発明が、その効果を奏さないものを含むことは明らかであるから、審決の上記認定は誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(分割出願の違法)について
(1) 分割後の原出願の発明が原告主張の構成であることは認める。
原告は、分割後の原出願の発明に、本件発明と構成において重複する部分(ダブルパテント領域)があり、本件発明に包含される関係にあるところ、権利の一部が重複して設定されることは弊害を伴うので、重複部分を除かない限り、構成の全部が同一である場合と同様に、同一の発明であるとして取り扱われるべきであると主張するところ、確かに、本件発明の構成は、分割後の原出願の発明の構成と重複する態様があり得ることとなり、そのような意味において、分割後の原出願の発明が本件発明に包含されることになるが、その故に、重複部分を除かない限り両者が同一発明となるというものではない。
すなわち、分割出願に係る発明と分割後の原出願の発明とが同一である場合に分割出願が不適法であるとされるのは、それが一発明一特許の原則(特許法39条)の趣旨に反することとなるからであるが、特許法第39条にいう「同一の発明」とは、単に、特許請求の範囲に記載された文言のみによるのではなく、特許請求の範囲の記載中に存在する発明の技術的思想(発明思想)の同一性の有無によって判断されるべきものであることは、従来より広く認められてきたところであり、特許庁の判断基準でもある。したがって、分割出願に係る本件発明と分割後の原出願の発明とが同一の発明であるか否かも、両者の技術思想が同一であるか否かによって決せられるべきで、別個の技術思想を見い出し得る限り、両者は別個の発明となるから、たとえ、一方の発明に限定が付されていないため両者の発明の間に包含関係が生じても、それは両者が同一の発明であるかどうかということとは別の問題である。
しかるところ、本件発明は、「上層の(金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による)配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘツド基板の上面のうち下層の(金による)配線パターンが形成されていない領域に形成」するという構成を採用することにより、「金以外の低抵抗領域が形成され、コモンリード全体の抵抗値を低下させることができる。これにより上層の配線パターンの膜厚を薄くすることができ」(甲第2号証5欄11行~14行)るとの効果を奏するものである。これに対し、分割後の原出願の発明は、「ずらせた非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きく」するという構成を採用することにより、「長手方向に沿っての抵抗値が低い状態でコモンリードの一部を構成することになる一方・・・、前記上層の銀による配線パターンにおける厚さを厚くすることなく、コモンリード全体における長手方向に沿って抵抗値を大幅に低減できる」(甲第4号証5欄18行~26行)との効果を奏するものであって、両者は、この点においてその技術思想を異にするものである。そして、分割後の原出願の発明が「ずらせた非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きく」するとの限定を必要とし、本件発明がこれを不要とするのも、このような技術思想の差異に基づくものである。
したがって、本件発明と分割後の原出願の発明とは、上記の限定のための構成を必要とするかしないかの点において構成要件が明確に異なるものであり、同一発明ではあり得ない。原告の主張する重複関係は、本件発明に分割後の原出願の発明に付された限定が付されてないことから、発明の一部に重複関係(包含関係)が生じ得るというにすぎない。
なお、原告は、権利の一部が重複する場合にもダブルパテントの弊害を伴うので、構成の全部が同一である場合と同様に、同一の発明であるとして取り扱われるべきであると主張するが、ダブルパテントの弊害とは、限定の付されていない発明の存在によって、限定の付された先願者の権利が著しく害され、あるいは権利存続期間が実質的に引き伸ばされることにより、第三者の利益が害されるような場合をいうのであり、同一出願人による同日出願というべき関係にあり、特許権も同時に消滅する関係にある本件分割出願においては、このようなダブルパテントの弊害が発生する余地のないものである。
(2) 上記のとおり、本件発明と分割後の原出願の発明とは、技術的思想の全く異なる発明であるから、両者が直ちに上位概念と下位概念の関係となるものではあり得ないが、仮にそのような関係にあるとみても、両者は「同一の発明」として分割出願が違法となる場合には該当しない。
すなわち、適法な分割出願については出願日の遡及が認められることから、分割出願と分割後の原出願とは、特許法39条2項所定の同日出願の場合としてみることができ、したがって、「同一の発明」に該当するかどうかもその場合の問題として考えるべきものである。そして、同日出願における「同一の発明」に当たるかどうかについては、一方からみて同一と判断される場合であっても、他方からみて同一と判断されなければ、これを同一の発明として同項を適用することはできないとされている。
しかるところ、上記のとおり、分割後の原出願の発明が、これに付された限定によって本件発明とは全く異なる技術的思想を見い出し得る以上、その限定の付されていない本件発明と同一の発明と判断されることはあり得ない。したがって、本件発明と分割後の原出願の発明は、これを同一の発明とすることができない。
(3) 原告は、本件明細書には、上層を銀による配線パターンで構成する場合には、非重なり部分における横幅寸法が重なり部分における横幅寸法よりも大きいものだけが技術的な意義をもつものとして記載されていると理解されるから、実質的に、その態様を唯一の実施例としているとして差し支えないと主張するが、分割後の原出願の発明に付された、上層を銀によって形成し、「非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きく」するという限定を、本件発明が不必要としているのは、両者の技術思想の差異に基づくものであり、両者はこの点においてその構成要件が明確に異なる発明であることは上記のとおりであって、原告の主張は、このような両者の技術思想の差異を看過したものである。
2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 審決は、引用例1~6の記載事項の認定(審決書22頁5行~27頁10行)に基づき、引用例1~6に「本件発明の必須の構成要件である『上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成したこと』については記載されておらず、これを示唆する記載もない」(同27頁15~19行)として、引用例1~6記載の発明と本件発明との相違点を認定したうえで、「本件発明は、上記構成要件を備えることにより、明細書に記載された特有の作用効果を奏するものである」(同27頁末行~28頁2行)旨、該相違点に基づく本件発明の効果の非予測性を認定し、本件発明の進歩性を肯定したものであるから、審決が該相違点についての判断をしていないとする原告の非難は当たらない。
(2) また、原告は、平成3年7月10日付早期審査に関する事情説明書(甲第6号証)において、被告が、本件発明とは技術思想の異なる分割後の原出願の発明に関して述べた事項を根拠として、本件発明が効果のないものを包含する進歩性のない発明である旨主張するが、該主張は、発明の容易推考性(進歩性)の判断が、従来技術との差異に基づいてなされるということを看過するものである。
本件発明は、審決の認定するとおり、従来技術である引用例1~6と異なる構成を有し、この構成によって、金以外の低抵抗領域が形成され、コモンリード全体の抵抗値を低下させることができることにより、上層の配線パターンの膜厚を薄くすることができ、さらに、印刷・焼付けの回数の低減及び材料コストの低減を図ることができること、並びに上層の配線パターンの一部が基板表面に直接接触するため、ベーストに含まれるガラス成分と基板表面との結合が強固となり、密着力が向上するため、用紙との接触による配線パターンの剥がれを防止することができる(甲第2号証5欄11~19行)という、本件明細書に記載された、従来技術では期待することができない特有の作用効果を奏するものである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(分割出願の違法)について
(1) 分割後の原出願の特許請求の範囲が「ヘッド基板の上面に、発熱抵抗体と、該発熱抵抗体に対するコモンリードとを、略平行に延びるように形成したサーマルヘッドにおいて、前記発熱抵抗体と略平行に延びるコモンリードを、下層の金による配線パターンと、上層の銀による配線パターンとの二層構造にし、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち前記下層の配線パターンが形成されていない領域にずらせて形成し、このずらせた非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくしたことを特徴とするサーマルヘッド。」(甲第4号証1欄1~14行)というものであったこと、本件発明の構成に、分割後の原出願の発明の構成と重複する態様があり、分割後の原出願の発明が本件発明に包含される関係にあることは、当事者間に争いがない。
(2) 原告は、本件発明と分割後の原出願の発明に、構成において重複する部分(ダブルパテント領域)があって、権利の一部が重複して設定されることは弊害を伴うので、重複部分を除かない限り、構成の全部が同一である場合と同様に、同一の発明であるとして取り扱われるべきであると主張する。
しかしながら、適法な分割出願については出願日の遡及が認められ、分割出願と分割後の原出願とは同日の出願に係るものとされることになるので、分割出願の適否に係る要件として、分割出願と分割後の原出願とが同一であるか否かを判断する場合には、その同一性は特許法39条2項所定の「同一の発明」に当たるかどうかと同じ基準に従って考慮すれば足りるものと解される。そうすると、分割出願と分割後の原出願の構成が一部重複し、一方が他方に包含される関係にあるとしても、特許法39条2項の場合であれば、それだけで同項所定の「同一の発明」に当たるものとされることはないから、分割出願の要件として見た場合に関しても、直ちに両者が同一の発明であり、したがって分割出願が不適法であるものとすることはできないものというべきである。
(3) しかるところ、本件明細書(甲第2号証)には、「従来の技術」及び「発明が解決しようとする課題」として、「従来のサーマルヘッドにおいて、特にコモンリードの配線距離が長くなる場合に、コモンリードによる電圧降下が問題となる。・・・発熱抵抗体に印加される実際の電圧は中央部ほど低くなる。このため、中央部ほど発熱抵抗体の発熱量が低下し、記録結果に濃度差が生じることとなる。そこで、このような場合に従来は、コモンリード全体の抵抗値を下げるために、コモンリードに更に導体層を積層している。・・・積層部分のシート抵抗を低下させることによって電圧降下を低減している。ところが、このようにコモンリードを積層化して抵抗値を低下させる場合、・・・下地となる配線パターンは有機系の金ペーストの印刷・焼き付け及びエッチングよって形成されるが、その表面に同材料の金ペーストを用いて膜厚を厚くする場合、材料コストが増大する。そこで、上層の導体材料としてシート抵抗の小さい銅や銀を用いることが考えられるが、例えば、金電極上に銀電極を形成した場合のシート抵抗は、基板上に同一厚みの銀単体の電極を形成した場合に比較してシート抵抗が高くなる。これは、金電極と銀電極の境界面にて、双方のペーストに含まれているガラス成分の反応などにより絶縁性の領域が形成されるためであると考えられる。したがって、上層の銀電極の厚みを相当厚くしなければならない。そのために印刷回数が増えるという問題があった。勿論コモンリード全体を金以外の電極材料により形成できればよいが、銀電極などの場合、サーマルヘッドの発熱部分の微細なパターンをエッチングにより形成することは困難である。特に銀では、マイグレーションが発生し、信頼性の面で実用にならない。この発明の目的は、材料コスト、製造コストを低減し、しかも電圧降下による問題を解消したサーマルヘッドを提供することにある。」(同号証3欄3~40行)との記載があり、また、実施例として、下層の金による配線パターンと上層の銀による配線パターンをずらせて部分的に積層させた態様(同4欄14~38行、図面1)、各層の配線位置は同一であるが、下層の金による配線パターンにスリットを形成し、このスリットを覆うように上層の銀による配線パターンを形成させて、スリット部分は銀電極単体となるようにした態様(同欄39~48行、図面2)及び接続端子部分を、下層に金電極の形成されていない銀による配線パターンのみとして、銀電極単体によって構成する態様(同4欄49行~5欄4行、図面3)が記載されているほか、「本発明は上層構成体として銅を使用してもよい。」(同5欄4~5行)との記載があり、さらに、「発明の効果」として、「この発明によれば、コモンリードとして、上層の金と同程度かあるいはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンの一部を、下層の金による配線パターンの形成されていない領域に形成したことによって、金以外の低抵抗領域が形成され、コモンリード全体の抵抗値を低下させることができる。とれにより上層の配線パターンの膜厚を薄くすることができ、印刷・焼き付け回数の低減および材料コストの低減を図ることができる。更に、上層の配線パターンは一部が基板表面に直接接触するため、ペーストに含まれるガラス成分と基板表面との結合が強固となり、密着力が向上する。このため、用紙との接触による配線パターンの剥がれを防止することができる。」(同欄7~19行)との記載がある。
他方、分割後の原出願の明細書(甲第4号証)には、実施例として、上層の銀による配線パターンが、下層の金による配線パターンと平行に延び、その幅方向の一部をヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域にずらすに当たって、そのずらせた非重なり部分における横幅寸法を、下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくするように形成し、かつ、コモンリードにおける接続端子部において、下層の配線パターンに連続する接続部と上層の配線パターンに連続する広幅の接続部とが重なる態様(同号証5欄32行~6欄7行、図面第1図)と、該コモンリードにおける接続端子部を上層の配線パターンに連続する接続部のみによって形成する点でこれと異なる態様(同6欄35~38行、図面第2図)とが記載されており、「発明の効果」として、「本発明によれば、上層の銀による配線パターンにおける厚さを厚くすることなく、コモンリード全体における長手方向に沿っての抵抗値を大幅に低減できることができ、これにより、上層の銀による配線パターンを形成するときに要する印刷・焼き付け回数の低減および材料コストの低減を確実に図ることができるから、発熱抵抗体の全長にわたって印字濃度差の少ないサーマルヘッドを、安価に提供できる効果を有する。しかも、上層の銀による配線パターンは、その幅方向の一部がヘッド基板の表面に直接接触するため、この銀ペーストに含まれ局ガラス成分と基板表面との結合が強固となり、密着力が向上する。このため、用紙との接触による配線パターンの剥がれを防止することができて、耐久性を向上することができる効果をも有する。」(同6欄40行~7欄11行)との記載がある。
これらの本件明細書及び分割後の原出願の明細書の各記載と、本件発明の要旨及び前示分割後の原出願の特許請求の範囲の記載とによれば、本件発明と分割後の原出願の発明との対比において、上層の配線パターンが、分割後の原出願の発明は銀によるものに限定されるのに対し、本件発明は「金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属」であればよく、実施例には銀によるもの以外に、銅によるものが記載されているほか、下層の配線パターンと上層の配線パターンとの相互関係について、分割後の原出願の発明は、上層の配線パターンの幅方向の一部を下層の配線パターンが形成されていない領域にずらせ、その非重なり部分における横幅寸法を、下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくする構成に限定し、かかる限定された構成に技術的意義を見い出しているのに対し、本件発明は、そのような限定を伴わないで、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、ヘツド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成するという限度の構成に止めており、したがって、本件明細書には、特に「非重なり部分における横幅寸法を、下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくする」と限定することの技術的意義に関する記載はなく、さらに、本件明細書に記載された実施例に、そのような限定がなされた態様のものの記載はないのみならず、各層の配線位置を同一として、下層の金による配線パターンにスリットを形成し、このスリットを覆うように上層の配線パターンを形成させ、スリット部分が上層の電極単体となるようにした、分割後の原出願の発明に含まれない態様のものも記載されている。そして、そうであれば、本件発明の一態様として、分割後の原出願の発明と同一の構成となる場合であっても、それぞれの発明の基礎となる技術思想までが同一であると直ちにいうことはできない。
したがって、「分割後の原出願の発明が、『非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした』という構成に限定した点に技術的な意義があるものであるのに対し、本件発明は、かかる構成に限定したものではなく、しかも、その明細書には、かかる技術的な意義について何ら記載されていないのであるから、下層を金による配線パターン、上層を銀による配線パターンで構成する場合でも、『非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした』ものを、唯一の実施例とするものでないばかりでなく、実施例の一つとするものでもないから、分割後の原出願と同一でない」(審決書15頁7行~16頁1行)とした審決の判断に誤りはない。
なお、本件明細書に「金電極上に銀電極を形成した場合のシート抵抗は、基板上に同一厚みの銀単体の電極を形成した場合に比較してシート抵抗が高くなる。これは、金電極と銀電極の境界面にて、双方のペーストに含まれているガラス成分の反応などにより絶縁性の領域が形成されるためであると考えられる。」との記載があることは前示のとおりであり、また、被告が特許庁に提出した平成3年7月10日付早期審査に関する事情説明書(甲第6号証)には「サーマルヘッドにおいて、その発熱抵抗体の長手方向に沿って延びるコモンリードを、その長手方向に沿っての抵抗値を下げる目的で、下層の金による配線パターンと、上層の銀による配線パターンとの二層構造で構成する場合、下層の金による配線パターンに上層の銀による配線パターンを単に重ねただけの構成であると、その長手方向に沿っての抵抗値が金と銀との相互拡散等によりさほど低下しないと言う現象が発生する」(同号証4頁8~16行)との記載があるところ、原告は、これらの絶縁性の領域の形成や金と銀との相互拡散等によるコモンリードの長手方向に沿っての抵抗値がさほど低下しないという現象があるため、上層の銀による配線パターンの非重なり部分における横幅寸法を、下層の金による配線パターンとの重なり部分における横幅寸法よりも大きくしないと、本件発明の効果を奏することができないから、本件明細書には、上層を銀による配線パターンで構成する場合には、非重なり部分における横幅寸法が重なり部分における横幅寸法よりも大きいものだけが技術的な意義をもつものとして記載されていると理解され、本件明細書にかかる技術的意義につき記載されていないとはいえないし、上層を銀による配線パターンで構成する場合には、実質的に、その態様を唯一の実施例としている旨主張する。
しかしながら、本件明細書(甲第2号証)はもとより、前示早期審査に関する事情説明書(甲第6号証)にも、上層の銀による配線パターンの非重なり部分の横幅寸法を、下層の金による配線パターンとの重なり部分の横幅寸法よりも大きくしないと、発明の効果を奏することができない旨の記載はなく、他にその点を認めるに足りる証拠もない。のみならず、前示のとおり、分割後の原出願の発明が、上層の銀による配線パターンの非重なり部分における横幅寸法を、下層の金による配線パターンとの重なり部分における横幅寸法よりも大きくすることに技術的意義を見い出すものであるからといって(なお、前示早期審査に関する事情説明書が、分割後の原出願に関して提出されたものであることは原告の自認するところである。)、本件発明も当然にそうでなければならないとする根拠はなく、現に、前示のとおり、本件明細書には分割後の原出願の発明に含まれない態様の実施例が記載されているのであるから、原告の前示主張は誤りといわざるを得ない。
(4) 以上のとおり、本件発明と分割後の原出願の発明とが同一であるということはできないから、本件分割出願がこの点で違法であるとすることはできない。
2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 引用例1~6に、審決の認定に係る記載事項(審決書22頁5行~27頁10行)が存在すること、及び引用例1~6に「コモンリードを二層構造にすることが記載されているものの、本件発明の必須の構成要件である『上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成したこと』については記載されておらず、これを示唆する記載もない」(同27頁13~19行)ことは当事者間に争いがない。
原告は、審決が、本件発明と引用例1~6に記載された発明との該相違点についての判断をしていない旨主張するが、前示のとおり、本件明細書には、「発明の効果」として「この発明によれば、コモンリードとして、上層の金と同程度かあるいはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンの一部を、下層の金による配線パターンの形成されていない領域に形成したことによって、金以外の低抵抗領域が形成され、コモンリード全体の抵抗値を低下させることができる。これにより上層の配線パターンの膜厚を薄くすることができ、印刷・焼き付け回数の低減および材料コストの低減を図ることができる。更に、上層の配線パターンは一部が基板表面に直接接触するため、ペーストに含まれるガラス成分と基板表面との結合が強固となり、密着力が向上する。このため、用紙との接触による配線パターンの剥がれを防止することができる。」(同欄7~19行)との記載があり、この記載と本件発明の要旨の規定を併せ考えれば、前示相違点に係る「上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成したこと」が、本件発明の作用効果に直接かかわる特徴的な構成であることは明らかである。しかるに、引用例1~6に、この構成についての記載がないにもかかわらず、その点を補うべき証拠、例えば該構成が開示された公知文献等の提出自体がされていないのであるから、審決が、該相違点を認定したに止まり、これについて格別の判断を示さなかったことが違法であるということはできない。
なお、原告は、本件発明に、上層の配線パターンと下層の配線パターンとをずらせる程度について何ら規定されておらず、そのずらせる程度がわずかである態様のものを包含しているところ、そのようなわずかな程度のずれは、印刷ずれなどによって生じるものであり、当業者において容易に気付く程度のものであると主張するが、仮に印刷ずれによって上層の配線パターンと下層の配線パターンとにわずかな程度のずれが生じるとしても、当業者が、該印刷ずれを見たからといって、それだけで、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成することの技術的意義に想到することが容易であるとはいえないから、原告の該主張は失当である。
(2) また、原告は、本件発明に、上層の配線パターンと下層の配線パターンとをずらせる程度については何ら規定されておらず、そのずらせる程度がわずかである態様を含むものであるとしたうえ、前示平成3年7月10日付早期審査に関する事情説明書(甲第6号証)に、分割後の原出願の発明について、上層の銀による配線パターンを厚くすることなく、コモンリード全体における長手方向に沿っての抵抗値を大幅に低減し、さらに、上層の銀による配線パターンの幅方向の一部基板表面との強固に結合して密着力を向上させることができるとの効果を奏するためには、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域にずらせて形成し、その非重なり部分における横幅寸法を、重なり部分における横幅寸法よりも大きくする構成が必要である旨が記載されているとし、本件発明が、その効果を奏さないものを含むから、審決の「本件発明は、上記構成要件を備えることにより、明細書に記載された特有の作用効果を奏するものである」(審決書27頁末行~28頁2行)との判断が誤りであると主張する。
しかし、前示早期審査に関する事情説明書(甲第6号証)に、上層の銀による配線パターンの非重なり部分の横幅寸法を、下層の金による配線パターンとの重なり部分の横幅寸法よりも大きくしなければ、発明の効果を奏することができない旨の記載がないことは前示のとおりであるのみならず、本件発明の要旨が、ヘツド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成する上層の配線パターンにおける幅方向の一部の程度について限定をしていないとはいえ、その程度が、本件明細書に記載された前示の効果を全く奏することがない程にわずかである態様まで本件発明に含まれるものでないことは明らかであるから、原告の該主張を採用することもできず、審決の本件発明の作用効果についての判断に原告主張の誤りがあるとはいえない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなぐ、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成8年審判第13793号
審決
香川県高松市香西南町455番地の1
請求人 アオイ電子株式会社
東京都小金井市梶野町5-6-3-103東小金井シティハウス須藤特許事務所
代理人弁理士 須藤阿佐子
神奈川県海老名市中央1丁目18番27号 士業ビル3階 澁谷特許事務所
代理人弁理士 澁谷孝
京都府京都市中京区御池通富小路西入る 不二電機ビル3階 三木・伊原法律特許事務所
代理人弁護士 伊原友己
京都府京都市右京区西院溝崎町21番地
被請求人 ローム株式会社
東京都港区高輪1-5-33 高輪パークマンション708号室長尾特許事務所
代理人弁理士 長尾達也
大阪府大阪市北区天神橋二丁目北1番21号 八千代ビル東館
代理人弁理士 石井暁夫
上記当事者間の特許第2000619号発明「サーマルヘッド」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
Ⅰ.手続の経緯・本件発明の要旨
本件特許第2000619号発明(以下、「本件発明」という。)は、昭和62年7月31日に出願された特願昭62-193464号(以下、「原出願」という。)の一部を平成3年11月6日に新たな特許出願としたものであって、平成7年3月22日に特公平7-25178号として出願公告され、同7年12月20日に特許権の設定の登録がなされたものであって、その発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「ヘッド基板の上面に、発熱抵抗体と、該発熱抵抗体に対するコモンリードとを、略平行に延びるように形成したサーマルヘッドにおいて、前記コモンリードを、下層の金による配線パターンと、上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンとの二重構造にし、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成したことを特徴とするサーマルヘッド。」
Ⅱ.請求人の主張
これに対して、請求人は、
(1) 本件発明に係る出願は適法な分割出願とはいえず出願日の遡及は認められないから、本件発明は、原出願の公開公報である特開昭64-36467号公報(甲第1号証)に記載された発明に他ならず、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。
(2) また、本件発明は、特開昭64-18649号公報(甲第2号証)に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、あるいは同法第29条の2の規定により、特許を受けることができないものである。
(3) さらにまた、本件発明は、甲第1号証および甲第2号証、甲第5号証ないし甲第10号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。
以上の通り、本件発明の特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号の規定に該当し無効とされるべきでものである、と主張している。
そして、証拠方法として甲第1号証~甲第10号証及び参考資料1~参考資料7を提出している。
甲第1号証:特開昭64-36467号公報
甲第2号証:特開昭64-18649号公報
甲第3号証:実開平3-106045号公報
甲第4号証:特開平3-161361号公報
甲第5号証:特開昭57-24273号公報
甲第6号証:実開昭62-38155号公報
甲第7号証:実開昭62-43748号公報
甲第8号証:実開昭62-50950号公報
甲第9号証:実開昭61-183652号公報
甲第10号証:実開昭61-186446号公報
参考資料1:平成3年7月10日付け早期審査に関する事情説明書
参考資料2:特公平4-17795号公報
参考資料3:平成6年5月31日東京高民一八判・平成3年(行ケ)135号、判例工業所有権法第2期版、第1423の47~第1424頁
参考資料4:特願昭62-193464号の平成5年2月19日付け手続補正書
参考資料5:最高裁・平成2年2月23日判決・昭和62年(行ツ)20号、判例工業所有権法第2期版、第1423の12頁
参考資料6:最高裁・平成2年4月24日判決・昭和62年(行ケ)97号、判例工業所有権法第2期版、第1423の12~第1423の19頁
参考資料7:最高裁・昭和53年3月28日判決・昭和49年(行ツ)2号、判例工業所有権法第2期版、第1422頁
Ⅲ.被請求人の主張
一方、被請求人は、請求人の主張に正当な理由はない旨答弁し、乙第1号証~乙第7号証を提出している。
乙第1号証:特公平7-25178号公報(本件発明の公告公報)
乙第2号証:原出願の願書に最初に添付した明細書
乙第3号証:昭和58年5月発行の特許庁の「出願の分割(改訂)」の審査基準〔1〕-16-1頁~9頁
乙第4号証:特許庁編審査基準 第Ⅴ部特殊な出願第1章11頁
乙第5号証:昭和62年特許庁発行「審査基準の手引き」(改訂等21版)82頁
乙第6号証:特許庁編審査基準 第Ⅱ部特許要件第4章13頁~14頁
乙第7号証:特許庁編審査基準 第Ⅱ部特許要件第4章8頁~9頁
Ⅳ.〔当審の判断〕
そこで、請求人の主張する各無効の理由について検討する。
1.無効の理由(1)について
請求人は、『特許法第44条第1項の「二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる」に規定する分割のための要件は、(甲)原出願の明細書又は図面の記載において二以上の発明が包含されていて、分割出願に係る発明が上記二以上の発明の一部であること、(乙)分割出願に係る発明と分割後の原出願の発明とが同一でないこと、の二つの要件を充足する必要がある。しかしながら、本件発明に係る出願は上記二つの要件(甲)、
(乙)のいずれをも満たしていない。すなわち、
(A)本件発明に係る出願は、本件発明が分割直前のもとの出願の明細書又は図面に記載されている発明でないものに相当するから、「原出願の明細書または図面の記載において二以上の発明が包含されていて、分割出願に係る発明が上記二以上の発明の一部であること」の分割のための要件(甲)を満たしていない不適法な分割出願である。
(B)また、本件発明に係る出願は、本件発明が原出願の当初明細書および図面(以下、「当初明細書」という。)に記載されていない事項を包含しているものに相当し、「原出願の明細書又は図面の記載において二以上の発明が包含されていて、分割出願に係る発明が上記二以上の発明の一部であること」の分割のための要件(甲)を満たしていない不適法な分割出願である。
(C)本件発明は分割後の原出願の発明を包含するものであり、分割のための要件(乙)を満たしていない。』と主張する。
以下、理由(A)~(C)について検討する。
1)理由(A)について
請求人の主張するところは、原出願に係る発明が、分割直前の平成3年10月30日になされた手続補正により補正され、限定された発明となっているにも拘わらず、本件発明は、補正して限定することにより含まれなくなった態様をも含む発明を上記限定された発明から分割したものであって、分割直前の原出願の明細書又は図面(以下、「基準明細書」という。)に記載されている発明でないものに相当するから、本件発明に係る出願は、分割のための前記要件(甲)を満たしていない、というものである。
ところで、特許出願の分割について、特許法第44条第1項(昭和45年法律第91号)は「二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」と規定しているだけであり、分割前に原出願から削除されている発明に関しては何ら規定していない。
しかし、分割出願の規定を設けた趣旨が、特許法のとる-発明-出願の原則のもとにおいて、特許出願の中には、-発明-出願の原則に反する出願や、特許請求の範囲には記載されていないが明細書の「発明の詳細な説明」又は図面に記載されている発明を包含する出願もあって、このような発明も公開されるので、公開の代償として独占権を与えるという特許制度の趣旨からすればできるだけ保護の途を開くことにあることを考慮すると、分割前に原出願から削除されている発明(原出願の当初明細書に記載された発明であって、出願の分割の際に原出願の基準明細書に記載されていない発明)は、原出願の公告決定前であれば、出願の分割の際に補正により原出願の明細書又は図面に記載することができるものであるから、出願の分割の対象となる発明になり得る、と解するのが相当である。そして、このことは、分割出願時の補正について特許法施行規則第30条に定めた補正手続を省略したからといって何ら変わるものではない。
したがって、本件発明に係る出願は適法な分割出願であり、請求人の主張は採用できない。
2)理由(B)について
請求人の主張するところは、原出願の当初明細書の特許請求の範囲に記載の「基板上でコモンリードと個別リードとの間に発熱抵抗体を形成したサーマルヘッドにおいて、コモンリードの一部を二重構造にし、下層を金による配線パターン、上層を金と同程度かあるいはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンで構成するとともに、上層の配線パターンの一部を下層の配線パターンの形成されていない領域に形成したことを特徴とするサーマルヘッド。」(甲第1号証参照)と本件発明の構成とを比較し、本件発明は、「基板上でコモンリードと個別リードとの間に発熱抵抗体を形成したサーマルヘッド」以外のタイプのサーマルヘッド(審判請求理由補充書第10頁第2図及び甲第3、4号証参照)、及び、接続端子部分の「幅方向の一部」でない「一部」を一層構造にした例を含むから、原出願の当初明細書に記載されていない構成要件を包含しており、また、基準明細書(参考資料2参照)に記載された「二重構造」において技術的に意義のある「金」と「銀」の組合わせ、及び、「このずらせた非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした」という当初明細書に記載されていない技術的に意義のある構成要件を包含しているから、本件発明に係る出願は、分割のための前記要件(甲)を満たしていない、というものである。
そこで、原出願の当初明細書(甲第1号証参照)をみるに、それには、「従来の一般的なサーマルヘッドの構造を第4図と第5図に示す。」(甲第1号証第1頁左下欄最下行~右下欄1行)「ところが、このような従来のサーマルヘッドにおいて、特にコモンリードの配線距離が長くなる場合に、コモンリードによる電圧降下が問題となる。すなわち第4図に示したようにコモンリードの両端5b、5cを介して駆動電流を供給した場合、発熱抵抗体に印可される実際の電圧は中央部ほど低くなる。このため、中央部ほど発熱抵抗体の発熱量が低下し、記録結果に濃度差が生じることとなる。」(同第1頁右下欄最下行~第2頁左上欄7行)との記載がなされており、これらの記載からみて、原出願の当初明細書に記載された発明は、コモンリードの配線距離が長くなる場合における電圧降下の問題を解決することを目的としているから、要は、コモンリードの配線距離が長いサーマルヘッドであれば、従来の一般的なサーマルヘッドの構造を示すものとして記載された「基板上でコモンリードと個別リードとの間に発熱抵抗体を形成したサーマルヘッド」に限られるものでないことは明らかである。また、「金」と「銀」の組合せ自体は、原出願の当初明細書に記載されている。
そして、請求人が指摘するようなタイプのサーマルヘッド(審判請求理由補充書第10頁第2図及び甲第3、4号証参照)、接続端子の「幅方向の一部」でない「一部」を一層構造にする点、および当初明細書に記載されていない技術的に意義がある構成要件は、本件発明に係る出願の明細書には記載されていないものである。
したがって、請求人の主張は採用できない。
3)理由(C)について
請求人の主張するところは、本件発明と分割後の原出願の発明(特公平4-17795号公報、参考資料2参照)とを対比すると、両者は、「このずらせた非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした」という限定の有無で一応相違するが、しかし、本件発明の「前記コモンリードを、下層の金による配線パターンと、上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンとの二重構造にし、上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成した」構成は、下層を金による配線パターン、上層を銀による配線パターンで構成する場合には、下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きい態様となり、上記「このずらせた非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした」という限定された分割後の原出願の発明が、本件発明の唯一の実施例に該当することになるから、本件発明は、分割後の原出願の発明と実質的に相違することなく、同一であり、本件発明に係る出願は、前記要件(乙)を満たしていない不適法な分割出願である、というものである。
確かに、本件発明は、下層を金による配線パターン、上層を銀による配線パターンで構成する場合を含むものである。しかしながら、分割後の原出願の発明が、「非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした」という構成に限定した点に技術的な意義があるものであるのに対し、本件発明は、かかる構成に限定したものではなく、しかも、その明細書には、かかる技術的な意義について何ら記載されていないのであるから、下層を金による配線パターン、上層を銀による配線パターンで構成する場合でも、「非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした」ものを、唯一の実施例とするものでないばかりでなく、実施例の一つとするものでもないから、分割後の原出願の発明と同一でない。
したがって、本件発明に係る出願は適法な分割出願である。
なお、請求人は、理由(C)に関して、被請求人が早期審査に関する事情説明書(参考資料1)において記述した内容や、原出願の当初明細書に「非重なり部分における横幅寸法を、前記下層の配線パターンに対する重なり部分における横幅寸法よりも大きくした」ことの技術的な意義が記載されていないことを指摘しているが、それは、分割後の原出願おける明細書の記載の問題であって、本件発明の分割要件の適否の問題とは直接関係のないものである。
以上のとおり、本件発明は、適法に分割出願されたものであり、その出願日は原出願の出願日まで遡及するものであるから、原出願の出願後に頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であるとすることはできない。
2.無効の理由(2)について
請求人が甲第2号証(特開昭64-18649号公報)として提出した本件発明の出願の日前の出願であって、その出願後に出願公開された特願昭62-175685号の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、「先願明細書」という。)には、「基板と、この基板上に形成された本体部およびこの本体部から延びる複数の接続部とから成る共通電極と、前記基板上に形成された個別電極と、前記共通電極及び個別電極とを接続する抵抗体とを具備する厚膜型サーマルヘッドにおいて、前記共通電極の本体部は、前記接続部と一体で金(Au)から成る第一層と、この第一層上に一部が重ね合わせられ銀・パラジウム合金(Ag/Pd合金)から成る第二層と、この第二層上に一部が重ね合わせられ銀(Ag)から成る第三層とを有することを特徴とする厚膜型サーマルヘッド。」(特許請求の範囲第1項)に係る発明が記載されており、そして、「共通電極を特に厚くするためには高価な・・・金の厚膜を用いるので、・・・コストが高くなるという問題点があった。コストを低くするためには銀あるいは卑金属導体を共通電極の本体部として用いればよいが、銀を用いた場合、接続部や個別電極には金が用いられるためこれらの金との相互作用が問題となる。即ち、共通電極の本体部の銀と接続部の金との相互拡散により抵抗が大きくなること、また銀のマイグレーション等により・・・不都合が生じる。・・・また銀以外の卑金属導体を用いた場合には厚膜工程に適する低抵抗の厚膜導体が得られないという欠点があった。従って、本発明の目的は低コストのサーマルヘッドを得るために適した共通電極の構造を提供するものである。」(第2頁右上欄3行~左下欄5行)、「前記目的を達成するため、本発明は厚膜型サーマルヘッドの共通電極の本体部を、接続部と一体で金から成る第1層と、この第1層上に一部が重ね合わせられ銀・パラジウム合金から成る第2層と、該第2層と一部が重ね合わせられた銀から成る第3層との3層構造としたものである。この3層構造とすることにより特に厚く構成される共通電極の本体部として安価な材料を用いることが出来るとともに接続部の金と銀の間に銀・パラジウム合金を介在させたため、銀の拡散、マイグレーションを防止することが出来る。」(第2頁左下欄7~最下行)との記載がなされ、さらに、第1図(a)及び(b)には、三層構造に形成された共通電極の本体部(5)において、第二層(=中層)の銀・パラジウム合金層(5-2)と第三層(=上層)の銀電極層(5-3)との幅方向の一部が、それぞれ重ね合わせ部分(A)及び(B)を除き、第一層(=下層)の金電極層(5-1)の形成されていない領域に形成されていることが示されている。
そこで、本件発明と先願明細書に記載の発明とを比較するに、コモンリードが、前者においては下層の金による配線パターンと、上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンとの二層構造であるのに対し、後者においては金(Au)から成る第一層(=下層)と、この第一層上に一部が重ね合わせられ銀・パラジウム合金(Ag/Pd合金)から成る第二層(=中層)と、この第二層上に一部が重ね合わせられ銀(Ag)から成る第三層(=上層)との三層構造である点で、両者は相違している。
そして、先願明細書に記載の発明において、コモンリードを金(Au)から成る第一層と、この第一層上に一部が重ね合わせられ銀・パラジウム合金(Ag/Pd合金)から成る第二層と、この第二層上に一部が重ね合わせられ銀(Ag)から成る第三層との三層構造とした点は、前記摘記した「この3層構造とすることにより特に厚く構成される共通電極の本体部として安価な材料を用いることが出来るとともに接続部の金と銀の間に銀・パラジウム合金を介在させたため、銀の拡散、マイグレーションを防止することが出来る。」という記載からも明らかなように、当該発明の目的を達成するために発明の構成に欠くことのできない事項であり、しかも、「コモンリードを、下層の金による配線パターンと、上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターンとの二層構造にすること」を何ら示唆するものではない。
してみると、本件発明と先願明細書に記載の発明とは、コモンリードの構造を異にする発明であることは明らかである。
したがって、本件発明は、先願明細書に記載された発明と同一であるとすることはできない。
請求人は、先願明細書に記載の発明の第二層と第三層とで本件発明と同じ「上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターン」を構成することは明らかである旨主張するが、しかし、先願明細書に記載の発明の銀・パラジウム合金から成る第二層が、銀と金を接触させた場合に起こる銀の拡散とマイグレーションを防ぐため、金から成る第一層と銀から成る第三層との間に介在されたものであるのに対し、本件発明の「上層の金と同程度か或いはそれより小さいシート抵抗の金属による配線パターン」は、明細書の記載からみて銀の拡散とマイグレーションを防ぐ機能を果たすものでないことは明らかであるから、このような機能上の差異を看過したところの上記主張は、採用できない。
3.無効の理由(3)について
甲第5号証には、「一列に配列され、各一端が共通接続された複数の発熱抵抗体と、これらの発熱抵抗体の各他端に個別に接続され、これら発熱抵抗体を記録情報信号に応じて並列に駆動する駆動回路とを備えたサーマルヘッドにおいて、前記発熱抵抗体の各一端を共通接続するための共通電極が、前記発熱抵抗体とこの共通電極および前記駆動回路との間を接続する個別電極より厚く形成され、かつこの共通電極の表面に保護膜が被覆されていることを特徴とするサーマルヘッド。」(特許請求の範囲第1項)に関する発明が記載されており、そして、「この発明は、・・・共通電極を個別電極より厚くしてその電気抵抗を下げることにより、共通電極での電圧ドロップによる記録濃度のムラを少なくし・・・たサーマルヘッドを提供するものである。」(第2頁右下欄3~11行)、「薄膜導体19の下側に新たに帯状導体18を設けて共通電極6を個別電極8、9等より厚く形成している。これにより、共通電極6の電気抵抗が減少し、発熱抵抗体4が同時に多数駆動される場合でも、共通電極6での電圧ドロップは少なくなる。従って、発熱抵抗体4は常に一定の電圧が印加されて均一な温度で発熱するため、感熱紙上の記録濃度のムラを少なくすることができる。」(第3頁左上欄14行~右上欄2行)と記載されている。
甲第6号証には、「厚さが1μm以下の薄い金薄膜で電極導体が形成されているサーマルヘッドにおいて、コモン電極導体を構成している導体のうち少なくとも共通の導体部分を当該電極部分に比べて十分に厚く抵抗値が小さい導体に形成してなることを特徴とするサーマルヘッド。」(実用新案登録請求の範囲)に関する発明が記載されており、そして、「この考案は、・・・印字濃度むらが生じることなく、駆動電力の小さいサーマルヘッドを得ることを目的とする。」(第4頁最下行~第5頁3行)、「コモン電極の導体部分を厚い金薄膜で構成してその抵抗値を小さくすると、大きな記録電流が流れても、抵抗値が小さいので電圧降下も小さくなり、サーマルヘッドの両端部分と中央部分の電極間に印加される電圧差が小さくなり、したがって、印字濃度のむらも小さくなる。」(第5頁9~14行)と記載されている。
甲第7号証には、「(1)高抵抗基体と、この高抵抗基体上に配置された複数個の発熱抵抗体と、複数個のこの発熱抵抗体の一端を共通接続した共通電極とを少なくとも具備したサーマルヘッドにおいて、前記共通電極の少なくとも一部は導電ペーストで被覆されていることを特徴とするサーマルヘッド。」(実用新案登録請求の範囲第1項)に関する発明が記載されており、そして、「本考案は、・・・ヘッドを大型化せず安価にかつ高い印字品質があり高速印字を可能とする同時駆動方式のサーマルヘッドを提供することを目的とするものである。」(第5頁10~14行)、「導電ペーストである銅系のレジンペースト(8a)を共通電極(3)上にスクリーン印刷により印刷・・・することにより本考案のサーマルヘッドが得られる。」(第6頁15~17行、第1図参照)と記載されている。
甲第8号証には、「基板と、この基板上に列状に配置された多数の発熱抵抗体と、これらの発熱抵抗体の側方の前記基板上に搭載された各発熱抵抗体に印字パルスを供給する集積回路素子と、前記各発熱抵抗体の一方の端子と集積回路素子の出力端子とを電気接続するリード電極と、発熱抵抗体の列に平行に帯状に設けられ全部又は一部の発熱抵抗体の他方の端子が共通に電機接続される共通電極と、この共通電極の長手方向の導電率を改善するためにこの共通電極上に積層された補助導体とから構成されたことを特徴とするサーマルヘッド。」(実用新案登録請求の範囲第1項)に関する発明が記載されており、そして、「各共通電極15上には、・・・銅板22が導電ペースト等によって接着されている。本考案において、この銅板に相当するものを補助電極と呼ぶ。」(第8頁12~16行、第1図参照)、「共通電極151の上面には、補助電極22が積層されている。これによって、共通電極151の長手方向の導電率が大幅に改善される。」(第9頁4~7行、第2図参照)と記載されている。
甲第9号証には、上記甲第5号証と同様の事項が記載されている(甲第9号証の出願は、甲第5号証の出願の変更出願である)。
甲第10号証には、「ガラス蓄熱層が形成されたアルミナ等の基板上に電極としての導体層および発熱抵抗体を形成し、記録信号に応じて前記発熱抵抗体に通電し、その発熱により感熱記録紙の発色、あるいはインクドナーフィルムによる転写を行なわせるサーマルヘッドにおいて、前記導体層は、メタロオーガニック金ペーストを用いて形成した第1層と、該第1層の少なくとも前記発熱抵抗体の下部およびその近傍を除く下部に金のパターンメッキによるメッキ膜の第2層を有することを特徴とするサーマルヘッド。」(実用新案登録請求の範囲)に関する発明が記載されており、そして、「本考案は・・・高密度配設をローコストに実現できるようにするため、メタロオーガニック金ペーストを用いて形成した配線導体の表面に金のパターンメッキするようにした・・・ものである。」(第3頁9~13行)、「本考案のサーマルヘッドによれば、メタロオーガニック金ペーストを用いて形成した配線抵抗を低減することができ、抵抗体による発熱を一様にすることができ、印字品質を向上させることができる。」(第6頁9~13行)と記載されている。
そこで、本件発明と甲第5号証ないし甲第10号証に記載された発明とを対比するに、これら甲第5号証ないし甲第10号証には、コモンリードを二層構造にすることが記載されているものの、本件発明の必須の構成要件である「上層の配線パターンにおける幅方向の一部を、前記ヘッド基板の上面のうち下層の配線パターンが形成されていない領域に形成したこと」については記載されておらず、これを示唆する記載もない。
そして、本件発明は、上記構成要件を備えることにより、明細書に記載された特有の作用効果を奏するものである。
したがって、本件発明は、甲第1号証および甲第2号証、甲第5号証ないし甲第10号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
Ⅴ.〔むすび〕
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由および提出した証拠方法によっては、本件特許発明の特許を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
平成9年12月17日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)